君と同盟




FREAK*freakの主典さまからいただきました!
そしてこのイラストからイメージして以下の話を書かせてもらいました。


朝靄


夜とも朝とも言えぬ午前4時、夏の真っ盛りよりも熱の削がれた風が通り抜けた。荒れ果てたマンハッタンの夜には、かつてのように行き交う人や車両の喧騒も、目の眩むようなネオンもなく、時折、フット団の監視ヘリが警告を発して上空を騒がす以外には、ただ暗闇が落ちているだけである。
大きなくしゃみがひとつ、とあるアパートメントの玄関前の崩れた階段の影から無人の路地に響いた。くしゃみの主はまさに自分の出したそれによって覚醒し、目をしばたたかせた。薄汚れた赤いマスクは半分ずり落ち、羽織ったジャケットもマスク同様に埃と粉塵にまみれていた。身じろぎをすると無意識に、気だるげにゆるんだ口元から呻き声がもれた。それが、いまだ完全に抜けきらない酒気によるものだということはすぐにわかった。傍らには空の四角いビンが一本転がっていたからだ。黒いラベルには、JACK DANIEL'Sと白く抜かれてある。
「貴重なものが手に入ったんですが」と、昨夜、中身が三分の一ほどになったビンを手渡してきた男がいたことを思い出したが、その顔はベール一枚隔てたように薄らぼんやりとして、一向に像を結ばなかった。
細かいことは気にしないラファエロは、まあ、どうでもいいか、とさっさと忘れることにして、マスクを締め直し、ジャケットの目立つ汚れだけを手で払った。この場から動こうという気はまだ起きなかった。いつフット団に見つかるともしれなかったが、見つかった時は見つかった時だと思っていたし、逃げおおせるとも思っていた。いざとなれば、柵が壊れているところから、アパートメントの半地下へと身を隠してもいい。
晩夏の夜の冷たい外気が、いつもより温度の高い体内に吸い込まれて、少し心地が良かった。
昨夜のことについては、せっかくのウィスキーを自室に引き篭もって飲むのも陰気だと思い、まだ地下生活を強いられていた頃に憧れていたバーをふと思い出して、その店に忍び込んだところは明確に覚えていた。
子どもの目に輝いて見えた店内の賑々しさは破壊し尽くされ、予想はしていたものの、ため息をつかずにはいられなかった。壁紙は剥がれ、天井から下げられていた照明は落ち、カウンターも半分は潰れていたが、座っても大丈夫そうな椅子を一脚と割れていないグラスを一つ、何とか見つけて席を作った。ビンの中の残り少ない琥珀の液体を、適当に拭ったグラスに注ぐと、心が躍った。埃っぽい店内のにおいも、ウィスキーが醸す、甘い樹木のような香りに消え去った。喜び勇んで口に含むと、甘く痺れるアルコールが舌を打った。ちびちびと舐めるように飲んでいたが、いつになく、ひどく楽しい酒であったことは確かだった。
しかし、それからの記憶は覚束なかった。いつの間に戸外に出たのかさえ分からない。氷も水もつまみもなしに飲んでいたせいで、酔いが回るのが早かったのかもしれない。
ただ、軽やかな気分で、笑っていたような気がする。もしかすると歌さえ口ずさんでいたのかもしれない。
懐かしい感情だった。まだ『家族』という形があって、ぶつかり合うことがしょっちゅうだったが、一緒に騒ぎ合ったこともあった。バカなことを言って、くだらないゲームに白熱して、ピザ争奪戦を繰り広げて、ソファでうたた寝して、笑っていた。
「酒は碌なことを思い出させねえな」と、ほぼ酔いが醒めた今では、苦笑いするしかなかった。
どのくらいその場であれこれ思い出しながらいたのかわからなかったが、気がつくと真っ暗だったあたりはだんだんと白み始めていた。暗い時分にはわからなかったが、もやが立ち込めて文字通り白く霞み始めている。
ラファエロはジャケットのポケットを探ってタバコを取り出した。そろそろ冷たい石に尻と甲羅を預けるのも嫌になって、これを吸い終えたら寝床に帰ることにした。
寄りかかっていた階段から身体を起こしてしゃがむと、タバコを咥えてライターの火をその先端に移した。煙を深く吸って、そういえば、と今更ながらにラファエロは思い至る。
ここはどこなんだ。
手がかりになるものはないかと、ラファエロはようやく辺りに目を走らせた。もやは存外に濃いようで、通りを挟んで向かいの建物の形状が、かろうじて認識できるくらいだった。
目を凝らしていると、不意に真っ白なもやを濁すような黒い影がこちらに向かって来ているのに気がついた。フット団かと思ったが、どうやら相手は単体らしい。この辺りに隠れ潜んでいる住人なら、ここがどこか尋ねるのに丁度いい、とラファエロは近づいてくる人物に期待した。
ただの黒い影の塊だったものが、白いもやの向こうで徐々に人の形を成していく。そうすると、どんな人物がこのあたりに隠れ住んでいるのか、俄然興味が湧いてくるというものだ。
しかし、否が応にも膨らんだ期待は、影の姿を目の当たりにした次の瞬間に泡のように弾けた。そして、次の一言でラファエロは言葉を失くし、二度と訪れまいと決めた場所にいることに自己嫌悪した。
「俺の住処の前で何をしている?」


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