手 一、景時
仕事を終えた夜半過ぎ、自邸に帰ってきた景時は自室の障子を後ろ手に閉めて深く息をついた。
己のたなごころをじっと見つめる。
武士としても男としてもひょろりとしていて頼りない。
刀を持たないのだから当然だ。
その代わりに指先一つで相手の命を奪える武器を造った。
右の人差し指をくいと曲げてみる。
造作もない。
さらには自分の身を穢すこともないのだ。
返り血を浴びることもない、刀と違って相手の間合いに入って自分の命を危険に晒すこともない、今わの際の恨みがましい視線を浴びせられることもない。
卑怯な自分には似合いの武器だとつくづく思う。
障子を通して射す月の白い光を映してか、その手には色がない。
血に塗れることがなくなっても遠ざけることのできない死の仄暗い影はその手につきまとう。
誤魔化すことのできない罪人の手だ。
自分の罪深さにおののく。震える。
指先から始まった震えは腕、肩、と次第に身体全体に及んだ。
もはや立ってはいられずに床に額を擦りつけながら蹲った。
涙腺まで震えて眦からは涙が零れた。
このまま罪を重ねるくらいならば、いっそ自害をしようかと思ったこともある。
しかし死ぬ気概もない上に頼朝の声が、視線が、全てが景時を生に縛りつけていた。
いまや景時の生死を握っているのは冥府の泰山府君ではなく頼朝だった。
犬は主に死ねと言われるまで死ぬことも許されない。
力を込めて握りしめてもなお頼りない拳は、ひかない嗚咽とともに震えるばかりだった。