夜に寄せて
真冬のしかもボロ家の廊下は底冷えがして、ラファエロは身にまとった毛布をかき集めた。
いくら寒くともここを離れるわけにはいかない。
背にした扉一枚の向こうには、ようやっと意識を取り戻したばかりの兄弟が安静にしているのだから。
「何かあったら呼べ」とは言ってあるが、誰かに甘える事も頼る事もしようとしないレオナルドが自分を呼ぶなんてことはしないということは分かりきっている。
分かりきっているが、それでもこの距離を保っているのは不安だったからだ。
もし自分の知らない間にレオナルドに何かあったら…という不安。
「ラフ」
と背後から微かに聞こえた。
ハッとして慌てて立ち上がって室内に飛び込んだ。
「呼んだか?」
ソファに駆け寄るとうっすらと目を開けたレオがまた
「ラフ」
と呼ぶ。
「どこか痛むのか?それとも何か欲しいのか?」
レオナルドは目を閉じて静かに首を横に振った。
言葉を放とうとしてレオナルドの唇が震える。
「…ごめん」
しばしの沈黙の後出てきたのは謝罪だった。
何か重大なことかと固唾を呑んだラファエロは苛立ちを覚えた。
「何で謝んだよ」
不機嫌を露にするとレオナルドの眉間に皺がよった。
「…だってお前怒ってるから」
「はぁ?」
怒りっぽいラファエロだが、今は怒っていない。
あまりに混乱してレオナルドの意識の無いときに怒鳴り散らしたりはしたが。
「真っ暗で身体中痛くて蹲ってると皆の姿が浮かんできたんだ。
皆なにか俺に言ってるんだけど、何言ってるか全然わからなくて…
でも、ラフ、お前だけがすごく怒ってるんだ。
何言ってるかわかんないけどとにかく怒ってるんだ。それで…」
段々と暗くなっていく声音と悲痛な表情。
「謝ったってか?」
「皆を危険に晒したんだ…リーダー失格だ。ほんとうにすまない」
レオナルドの閉じられた目から涙が一筋流れた。
ラファエロはソファの縁をぎゅっと握った。
こんなレオナルドは見たことが無かった。
ラファエロの知っているレオナルドは鼻につくほど優等生で、精神的にも身体的にも強くて、何があっても怯まない勇猛なリーダーだ。
悔しいが、いつも敵わないと思っていた。
「謝って欲しくなんかねぇんだよ」
「そうか…謝ってすむことじゃないよな」
消えそうな声でまた自分を責めるような事をいうレオナルドにラファエロの語気は無意識のうちに更に鋭くなる。
「違う!だから何でお前が謝るんだ。俺は怒ってなんかいねえ!勝手に幻見て勝手に勘違いすんな!」
「でも…」
「うるせえ!誰も怒ってねぇんだ。謝るな」
「…でも、オレ…オレは…」
混乱し始めたのか、レオナルドの目が不安そうに揺れて手がぎゅっと毛布の端を掴む。
いつもは年上面しているレオナルドが酷く幼く見えた。
まるで知らない街で迷った子どものような顔だ。
その頑なな手に自分の手を重ねて身体を乗り出し、気づけば口付けていた。
急なことに対応できないのか、レオナルドは身じろぎもしなかった。
「ラフ…なに…?」
何だと訊かれてもラファエロにも答えられなかった。
ただ、レオナルドが何かに怯えているのだとようやく察し、どうにかしたいと思っただけだ。
言葉だと喧嘩腰になると自分でも分かっていた。
その結果がキスだとは、何も考えていなかったとしてもあまりにも突拍子がない。
急に恥ずかしくなって身を引くとソファに凭れて座り込んだ。
「……何でもねぇ。いいから休め」
「ラフ…」
それ以上追求する気力もないのかレオナルドは沈黙し、しばらくして寝息が聞こえ始めた。
「…早くいつものお前に戻れよ」
ぽつりと呟いた言葉は薪の爆ぜる音にかき消された。